【悲報】河本凖一 病気で死にかける(画像あり)

芸能ゴシップッス!
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1: 砂漠のマスカレード ★@\(^o^)/ 2015/06/29(月) 14:20:55.78 ID:???*.net

 

【私の一枚】

これは5年前、35歳の時に膵炎(すいえん)で死にかけた直後の写真です。入院約3週間で16キロやせました。

倒れた日は家でいきなり、足の指20本分の生爪を一気にはがしたような激痛が背中に襲ってきたんです。
その日はテレビ番組の収録が2本あり、脂汗をかきながら出かけました。何とか収録を終わらせた後に救急病院に行きまして。
痛み止めの点滴中に意識を失い、丸二日、意識が戻らず。その間、家族はこのまま亡くなるかもしれないと医師に言われていたそうです。

目覚めると体にまったく力が入らず動けなくて。膵臓(すいぞう)がひどい炎症を起こしていたので、そこからしばらく絶飲絶食。
最低限のカロリーを点滴で入れるだけで、口の渇きは水を含ませたティッシュで拭くだけ。
それでもその時はまったくつらさはなくて、「生きていて良かった」との思いだけで、仕事への焦りを感じる余裕もなかったです。
ただ自分の記憶の狂いが怖くて、名前、年齢、血液型などを何度も確認していました。

徐々に胃袋が動くようになると、空腹でさまざまな食べ物の映像が浮かぶんです。一番食べたかったのがから揚げ。
せめて匂いだけでも感じたくて、後輩に「俺の病室でから揚げ弁当食ってくれ」とお願いしたら、
オリエンタルラジオの藤森がやってくれました。枕元に弁当を置いてもらった時の香りがたまらなかったですね。

膵炎の原因は、暴飲暴食、お酒、睡眠不足、疲労、ストレスですが、僕はまんべんなく条件を満たしていました。
痛みも前からあったはずと医師に言われましたが、倒れる前は体を使う仕事が多く、筋肉痛がひどくてわからなかったようです。

結局3週間の入院で自宅療養になり、なんと退院2日後に韓国に行く番組の仕事を入れられまして。
倒れたことで多方面に迷惑をかけましたが、特にこれは自分の単独番組で大迷惑になってましたので、その償いの気持ちから、
何か番組の役に立てばと入院後半は独学で韓国語や韓国について勉強しました。
が、その予習のせいで、現場で僕の反応に新鮮味がなかったとスタッフからは大不評でした(笑)。

病気以降、食べるものは限定され、グルメ系の仕事はできなくなり、ずいぶん仕事は減りました。
でも、あの時期に倒れてよかった。あの年齢で死と隣り合わせの経験をしたからこそ、子供を残して今は死ねないと生活も改善することができました。
正直、結構つらかった時期ですが、家族、友人、先輩、後輩などの支えで乗り越えられ、自分のメンタルも強くなったと思います。

今40歳。まだまだ体が動くので、50歳までの10年は、精いっぱいがんばって、いろいろな「初」の挑戦をしてみたいですね。

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