【悲報】青山テルマ、売れなくなった後にエグイ仕打ちを受けていた・・・

芸能ゴシップッス!

番組では、青山が中学生時代に暮らしていた米国・ロサンゼルスを訪問したVTRを放送。青山といえば、デビューから4カ月後にリリースしたセカンドシングル「そばにいるね」が、オリコン1位を獲得している。当時について青山が「電車で(オリコン順位を聞いて)『え?』みたいな。ビックリで、口が塞がらなかったですよね」と振り返っていた。

VTRが終わると、スタジオの今田耕司が当時のレコード会社の反応を質問。青山は「行くたびに拍手! ですね。レコード会社に行くたびに…。スタンディングオベーションみたいな」と自ら手を叩いて、照れくさそうに明かした。一方で青山は、手のひらを返されたような対応も体験したそう。「けどやっぱり、売れなくなると露骨にみんな『お疲れ様でーす』みたいな感じで…」と、無愛想にされたあいさつを紹介した。今田が「売上が減ったら?」「怖っ!」と漏らすと、青山は「そうそう。分かりやすいですね」と、業界で味わった露骨な対応を振り返っていた。

2017年12月2日 10時59分 トピックニュース
http://news.livedoor.com/lite/article_detail/13972060/
青山 テルマ(あおやま テルマ、1987年10月27日 – )は、日本の女性歌手。奈良県大和高田市出身。2012年3月26日、上智大学国際教養学部(旧比較文化学部)卒業。身長161cm。
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トリニダード・トバゴ人と日本人のクォーター(父方の祖父がトリニダード・トバゴ人)。
小学6年生まで奈良に住み、大阪のインターナショナルスクールまで往復4時間かけて通っていた。3歳の頃にジャネット・ジャクソン「リズムネイション」のPVに興味を示す。10歳の頃に歌う楽しさに目覚め、ゴスペルを習い始める。12歳で家族とともにアメリカのロサンゼルスへ移住、その後、数年間をアメリカですごす。2002年夏、日本に一時帰国。
その際に音楽関係者から声をかけられた事をきっかけに日本でのメジャーデビューを夢見るようになり、冬に帰国。拠点を東京に移し、調布市のインターナショナル・ハイスクールに通いながらボイストレーニングを始める
2007年9月5日にシングル「ONE WAY」でメジャーデビュー。オリコン最高98位とヒットしなかったが、その年にフィーチャリングゲストとして参加したSoulJaのシングル「ここにいるよ feat.青山テルマ」のヒットを機に、知名度が急上昇する
2008年、第59回NHK紅白歌合戦に出場。
wiki

151: 2017/12/02(土) 20:47:32.21 ID:pGOklQCA0

>>1
えっ
でも商品価値は上がったり下がったりするから当たり前だよね

 

167: 2017/12/02(土) 21:05:29.92 ID:LPeI+gay0
>>1
コイツのシャベリ嫌いじゃない。
オモロイ。ほぼTVは観ないけれど。

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